
芸能奇術師(マジシャン)/タレント/起業家/守成クラブ:昼ノ京都雅所属
1977年 神戸生まれ
目次
私がマジシャンになった、きっかけ
私が手品に魅せられたのは6歳のとき、百貨店での実演販売がきっかけでした。
両親が買ってくれた「8つの手品」セットが、私のマジックの始まりでした。
年を重ねるごとに、手品の奥深さに魅了され、道具や本が増えていきました。
高校1年の頃には、人前で手品を披露するほどになりました。
あの出来事が起こりました。
「阪神淡路大震災」です。
高校2年生の冬でした。
私の故郷である神戸市東灘区は壊滅的な被害を受けました。
地面が割れ、壁が崩れ、ビルが倒れ、知っている街の姿はなくなってしまいました。
そして、昨日まで笑っていた多くの知人たちが、一瞬でこの世からいなくなってしまいました。
生きるということが決して当たり前でない
生きることの尊さを痛感し、生き残った自分の存在意義に悩みました。
大学に入ってからは、人の役に立ちたいという思いでボランティア活動にも参加しましたが、何かが違うと感じていました。
大学1回生の12月、人生の転機が訪れました
(清水さんと私の貴重な2ショット写真)
様々な偶然重なり、阪急百貨店梅田本店で実演販売されていたマジシャン「清水一正」氏に実演販売のアルバイトに誘っていただいたのです。
私は無我夢中で、手品を練習して覚えて、勉強しました。その姿勢を清水さんに評価していただき、アルバイトを始めてから、2年後吉本興業所属「ジョニー広瀬」師を紹介していただきました。
1999年4月、弟子修行のスタート、プロマジシャンとしての第一歩を踏み出すことになりました。
当時の私は知るよしもありませんでしたが、「清水一正」氏は国内有数のディーラーでした。全国からお客さんが「清水」氏に教えをいただきに来るほどでした。
ジョニー広瀬師も関西を代表するマジシャンでありました。
国内トップレベルのお二人から、私は本当にたくさんの「芸能奇術」を教えて頂きました。
弟子いう立場だからこそ、お金を払って教わることの出来ない、手品の神髄「経験知」ともいうべきものを、学ぶことができました。
手品は「タネ(=仕掛けや指先の技術)」がすべてではないということ、手品は「目に訴えてはいけない」必ず「脳に訴えなければいけない」ということなどなど・・・
そしてそれらが学んできたものが完璧に表現できた時に起こる爆発的な感動と面白さの世界。師匠たちが見せてくれたそのすばらしき世界。
私はすっかりその魅力に取り憑かれてしまいました。
残念なことですが、
手品の世界においても徒弟制度がなくなり大事なことが伝わらないまま、売っている道具を並べるだけの手品がはびこっています。
それらはYoutubeなどを見たら、すぐ答え合わせの出来てしまうようなものばかりです。
「なーんだ手品ってつまらないんだ」と思われているのが私はとても悔しいです。
本当の手品は決してそんなものではありません。
簡単なものであっても、手品には小さいお子様からおじいちゃんおばあちゃんまで、日本だけではなくどこの国の人でも笑顔にすることができる力があります。
師匠たちが見せてくれたすばらしい世界を
私は師匠たちが見せてくれた素晴しい手品の世界を
もっと多くの人に伝えたい!
これが、私に出来る、マジック界への恩返しです。
本当の手品「芸能奇術」を見て楽しんでほしいと願っています。
そして、私と同じように手品の魅せられた人のお手伝いを全力でさせていただけたらと思います。
最後に・・・
お恥ずかしいですが、
私がはじめて劇場デビューした時(2002年5月)の動画を公開させていただきます。
このときからは少しは成長できたかなと思います。
2002年5月18日岡山3丁目劇場に出演
追記|テレビ出演したときの動画
▼あらびき団に出演したとき映像です。
▼2020年7月15日 に放送された「ちちんぷいぷい」に出演したときの映像です。エンタメさんを
▼2021年11月3日 に放送された「発見!サプライズもんTV」に出演させてもらいました。マジックのところだけダイジェストにしてあります。




コメントを残す